スポーツ観戦やライブを見に行った時に感じること。
なぜ、みんなで同じ行動をしたがるのか。
例えばスポーツ観戦。
自分はあまりスポーツを見る方ではないので、各スポーツ選手の応援歌が何の曲なのかなどはちっとも知らない。その状況で応援席に座ると、応援団と一緒に応援してない自分がものすごい疎外感を感じる。
覚えてくれば良いという人もいるが、覚えないと応援できない、もとよりそこにいるのが変、というのはいかがなものか。
スポーツはどんな応援の仕方をしてもその人の自由のはずだ。
例えばライブ。
ホール級のビッグアーティストになると、アーティスト登場と共に総立ちになる。その後は手拍子、声出しなど色々だ。
しかし、自分はどんなに盛り上がっていても、実は座って観たいと思う方だ。
盛り上がっていないわけではない。座った状態でも自分は充分に盛り上がっているのだ。
当然だが、立って観る人も否定はしない。立って観る人、座って観る人、いろいろいていいのうでなはないだろうか。
JAZZのライブは、座りのことが多い。これもJAZZが好きな理由になっているが、たまにJAZZのライブでも総立ちになることがある。手拍子が起きることもたまにある。それでも、自分は座って静かに観たい。立って手拍子している人に座れ、静かに観ろとは絶対に言わない。ただ、静かに観ている自分もほうっておいてほしい。
人の迷惑にならなければ、スポーツもライブも、楽しみ方は個人の自由だ。
応援歌をしらずに静かに観ている観戦者、座って静かに観ているオーディエンスがいたら興ざめする、これは人に迷惑をかけていることにならないか、という意見もあるが、他人の振る舞い一つで興ざめするとは、心があまりにも狭いと言わざるを得ない。
強要はなにも生まない。