嘘は、基本いけないと思っています。
一方、嘘も方便という言葉もありますね。
以前嘘については、その考察を投稿しました。
就職したい学生が嘘をつくのは、つまるところの「就職したい」から。
嘘をつくのが好きな人はいない、という前提を信じれば、嘘をつかないことと就職したいということを無意識に、もしかして意識的に天秤にかけて、就職のほうに傾くということになります。
もう少し考察を深めてみましょう。
それでは、なぜ嘘をつけば就職できる、というロジックが成り立つのでしょうか。
嘘をつかなくても就職できるのならば、嘘をつくのが好きな人はいないという前提上、その方を選ぶはずです。
そうしないのは、就活生の方に、嘘をついて盛らないと採用してもらえない、という観念があるからです。
ここから2つの視点に分岐します。
まず就活生側。記事中にある嘘のタイプ3つの内、1つ目や3つ目については、嘘をついて盛らないと採用してもらえないと思う前に、嘘をつかなくても良いくらいの実績を積めばよいだけですね。
自分が「これぞ実績」と思う成績と、現実の成績を嘘で補完するのは、不健全です。
しかし、もっとも問題なのが2つ目の視点、企業側の採用基準です。
いくら経験豊富な人事担当者でも、就活生の人間性、それが自社の企業に適しているかどうかを面接だけで判断するのは困難でしょう。だから実績に目を向けます。
問題は、比率です。
もしこの比率が実績の方に大きく傾き過ぎると、実績重視という情報が就活生のなかで広まります。SNS全盛のこの時代には、凄まじいスピードで広まるでしょう。
実績重視という企業の採用基準を考えれば、当然就活生の中には実績を盛ってでも就職したいという人があらわれます。嘘はだめだとわかっていても、です。
そういった人が嘘をつき、盛り、そして採用されていくと、またその情報が広まる。
結果的には、時間が経てば経つほど、嘘をつくことの不健全さよりも、採用されるテクニックとしての嘘、盛りが強調されます。相対的に嘘の不健全さが薄まりますね。
「盛って採用されちゃった、残念」ということをツイートする人はいませんもんね。
就職という行為は、人生の中でも最も大きなイベントの一つに数えられます。それを嘘や盛りで乗り越えたら、嘘、盛りの自己内正当化が行われます。
もしその人が営業職になれば、自社の成績を偽ってでも仕事をとってきてノルマを達成することが大切、という価値観になるでしょう。
現場で事故が起きても、それを隠蔽(つまり嘘)してことを荒立てないことの方が大切、という行動に出ることは容易に想像出来ます。
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嘘をつく方に問題がないとは言いませんが、嘘をつかないと就職させない企業側、もっと言えば実績重視の人事方針を変えないと、負の連鎖は止まらないでしょう。
もちろん、嘘をつかないとその企業に入社できない、という風に就活生が判断したら、その企業を諦めるという英断も就活生側に必要です。
これは理想論でもなんでもなく、ただそう判断するだけのことです。
嘘をつくことより遥かに簡単です。