飲食店をはじめとしたサービス業では、始業前の朝礼のようなもののなかで、みんなで揃って声をだすということをしているところも多くあるようだ。しかも、かなり大きな声で。
あれは、はたして何の意味があるのか。
ある人曰く、
「大きな声をだしたら、身が引き締まると思う」
→人による。
ある人曰く、
「みんなで揃っていうと、団結力が高まる」
→単なる思い込み。
ある人曰く
「その言葉を覚えやすい」
→人による。
ということで、身の引き締め方も、団結力が高まるかどうかも、記憶方法も、人によって方法は違って良いはずだ。
サービス業に求められるのは、その名の通り「サービス」だ。良いサービスをするためには、どんな方法があるのかは各々が考えれば良い。
サービスの仕方に統一性を持たせたいのならば、その身につけ「方」は各々に任せれば良い。
サービス業によらず、日本ではまだまだこういう風潮が根強く残っている。
仕事後の飲み会、上司からの誘いを断ると、付き合いが悪いと言われたりもする。
断るのには、もちろん理由がある。他に用事があるのか、はたまたその上司が苦手なのか。
どちらにしても、半強制でないと飲み会にきてくれないという時点で、その上司は魅力がないのだろう。
自分にはフリーランスなので、いわゆる上司はいないが、目上の人間はいる。そして、自分にとって目上の人間であっても、あの人とはぜひ一緒に飲みたい、と思わせる人はたくさんいる。少なくとも、自分の周りにいるそういう人は、無理やり飲み会に誘ったりしない。しかもみんながついてくる。
団結して、みんなで結果を出すための「過程」は、限りなく個人的で良い。
「過程」もそろえないと良い結果が出ない、なんてことは断じてない。
強制しないと管理できない、という考えは、その人を信頼していない証拠だ。