カード派になった理由
日本もやっとカード社会が普及してきたように思える。
昔は、カードに対する不安感が社会に蔓延していたようで、それが理由なのか、はたまた別の理由があるかどうかわからないが、カードを使える店も少なかった。
いまは、コンビニ、飲食店などの店舗、ネットショッピング、携帯代の支払いまで対応している。
カード派の自分としては、嬉しい限りだ。
自分がカード派になったのは、海外生活をしているときだ。
聞いたことがあるかもしれないが、海外の先進国は概ねカード社会だ。
理由はいろいろある。
海外でカードが普及している理由
まず、現金はセキュリティー上危ない。
ひったくりや盗難で現金をとられたら、なんの保証もされない。
まず、いくら盗難にあったのかを、とられた本人が把握できていないことのほうが多いだろう。
その点、カードはとられた時にカード会社に連絡すれば、使用を止めることができる。
それから、とにかく便利ということもある。
カードと一言でいっても色々あるが、主に使うのはデポジット(日本でいうところのデビット)か、クレジットだ。
デポジットは、つまり即時決済なので、銀行口座に残高がなければ、買い物ができない。
つまり、クレジットカードのようなカード破産は少ない。
クレジットカードに関して言えば、一定の金額以上でないと使用できない、という店も多々あるが、デポジットの方は、金額によらず、ほぼ全ての店で使用可能だ。
カードをだして、暗証番号を専用端末で入力すればおしまい。
これが、巷の飲食店はもちろん、駅のキオスクや、キャッシュオンのバーカウンターでも使える。
週末の夜のバーなんかは、人の数も多いかつ、間接照明などで暗くしているので、キャッシュオンでの支払いに手間取るが、カードならば支払いはスムーズだ。
日本でカードがイマイチ普及しない理由
いまだ日本で現金が多いのはなぜだろうか。
それは、現金を持ち歩いても危険を感じないということと、カードによる使いすぎに対する懸念の合わせ技だろう。
しかし、国際社会になり治安の悪化は、先進国では避けられない。いつなんどき盗難の被害にあうのかなんて誰もわからない。
(当然、わかっていて被害にあう人はいない)
また、上記のように、カードによる使いすぎ対する懸念は、デポジットならば必要ない。
一番よく聞く、現金派の主張
そして最後に、それでも現金派という方からよく聞く主張を一つ。
「現金の方が、”お金”という感じがするから、持っている時の喜びも、支払っている時の出費度合いも、よりリアリティーがある」
分からなくもないが、よく考えてほしい。
現金自体に価値は無い。
お金はそもそも交換価値しかないのだ。
社会のシステムとして、お金は様々に交換できるものだ、ということにしているので、まるで現金自体に価値があるように思えるが、そうではない。
(第一、硬貨と紙幣はどう見たって硬貨のほうに高級感があるのに、交換価値が高いのは紙幣だ。その紙幣ですが、メモ用紙として、あるいはトイレットペーパーや鼻紙としてつかうとしても、ごくごく普通の紙に明らかに劣る)
だとすれば、現金の方にリアリティーを感じる、という時点で、拝金主義に足を突っ込んでいることになる。
交換しないと価値がない、という原点に帰れば、その元が現金だろうがカードだろうが構わないのではないだろうか。