音楽ネタなので、触れておきしょうね。
町中で喧嘩があって二人とも警察に連れて行かれた時、まず聞かれるのは、どちらが手を出したか、です。
明確な違法行為がなければ、先に暴力行為をはたらいた方が悪い、となりますね。
暴力は別の暴力を生むので、発端を作った人が最も罪が重い、ということなんでしょうか。
さて、なぜそんなことを書くのかというと、今回の騒動の口火を切ったのはどちらか、ということがとても大切だと思うからです。
暴力行為はありませんが、騒動の発端を探ることは必要です。
で、記事を読む限り、私が発端だとみなしているのは、Yogeeの方です。
「音楽は魔法だよ」は、大森さんの歌詞に反応してのMCと捉えるのが自然で、それはやってはいけないことです。
なぜなら、音楽は言いたいことを音楽にのせて伝えるものだからです。
Yogeeが「音楽は魔法だよ」という発言をMCでしたのは、それを信じて音楽をやっている自分の信念を、大森さんに歌詞の中で否定されたからでしょう。
その悔しい気持ちは理解出来ます。
しかし、それを音楽以外で、しかもみんなの前で言ってしまうことには問題があります。もし「音楽は魔法だよ」ということをどうしても信じたい、それを皆に伝えたいと思うのならば、それを音楽で表現するしかありません。
でなければ、音楽評論家になるべきです。
一方、そのMCに激怒して、SNS上で非難する大森さんも、実は同レベルです。
大森さんも、そこに怒りを覚えたら、それを音楽にのせてうったえるべきではないでしょうか。
音楽は魔法ではない、という歌詞を含む歌を、より力を込めて今後も歌い続けることが、もっとも共感を呼びます。
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音楽の素晴らしさっていろいろあると思うのですが、その一つは器量の大きさです。
この騒動に出てくる、音楽は魔法なのか、魔法でないか。
それはどちらでも正解で、魔法であってもなくても、その前に音楽です。
だから、それが音楽である限り、他を否定するような音楽であっても、それ自体が音楽の器量に飲み込まれます。
逆に言えば、音楽から離れてしまえば、それはやってはいけないことになります。どんな音楽をやっても音楽においては自由、という大前提が、音楽でなかったら覆るからです。
ということで、今回の騒動は音楽以外の場所に拠点があるのがもっとも問題です。
そして、音楽以外の場所に先に持ち込んだのはYogeeの方ですね。
謝罪をしたようなので、これ以上の音楽以外での騒動は勘弁してもらいたい。
私たちが聞きたいのは罵詈雑言や他者否定の主張でなく、「音楽」そのものなのですから。