https://www.nishinippon.co.jp/nnp/anatoku/article/502279/
校則は意味がわからないものか多いし、時代に合ってないものが多いと感じます。
この記事にでてくる「高校生としてふさわしくない」というワード、私が高校の頃も散々言われました。
シャツをパンツインしてなかったら、高校生らしくない。 靴下が白か黒かだったら、高校生らしくない。
社会は理不尽がたくさんあります。だから、その理不尽に慣れるという教育とい見方もできなくはありません。
しかし、そんな理不尽ばかり押し付けていると、やがて「なぜ」と思うことがバカらしくなり、とりあえず従っておけ、という思考が癖になります。
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こういう意味のわからない校則を制定し続ける要素は2つあります。 今までこれでやってきたからこれからもこのままでいいんだ、という考え方があること。 もう1つは、「ふさわしい」「らしさ」ということに対する時代錯誤です。
これまでやってきたから、の理由は言うまでもなく破綻しています。 日本も世界もめまぐるしく変化していく中で、これまでのやり方がそのまま通用する、と考えていること自体がナンセンス。
ふさわしい、らしいの時代錯誤は、情報不足からきます。 狭いコミュニティ内で経験したものだけから物事を判断すると、全体が見えません。 木を見て森を見ず、というやつです。
だいたいみんなそう思っている、とかいう言葉の「みんな」は、以外と5.6人だったりします。 数字や統計から判断することが肝要です。
これらの要素を踏まえたのちに、「なぜ」と思うこと。 そこからいろんなことが、今あるべきカタチに変化していくのだと思います。