スマホの国内普及率は49.7%で、約半数がスマホという統計が出ている。
こういった新しいものが出てくると、必ず「弊害がある」といって反対してくる人がいるものだ。
そして、そういったものの普及が急激であればあるほど、その批判も多いようだ。
スマホ批判あるある1
「電車に乗ると、ほとんどの人がスマホを見ているか寝ているかだ。
あれは、外の世界にいるにもかかわらず、自分の世界に閉じこもっていることを象徴している。」
こういったことをいう人の殆どは、スマホ=SNSがゲームくらいに思っているのだろう。
スマホでできることは相当多岐にわたる。
スマホを見ているというだけで避難されては、たまったものではない。
では、閲覧しているのが今日の経済ニュースだったらよいのか。
勤務時間を利用して、スマホの英語学習アプリを使っての勉強なら?
(ちなみに、自分はスマホの簿記学習アプリで簿記に合格した)
会社に来ているメールをスマホでも受信できるように設定している人が、会社に着く前に内容を確認しているのだったらどうだろう。
また、自分の世界に閉じこもっている、というのならば、新聞を読んでいる人も同じことになる。
むしろ、新聞はラッシュアワーの車内では結構邪魔だ。
それ故、車内でも読みやすい小さいサイズの新聞が出たくらい。
スマホは、それよりも遥かに小さいし、ニュースの量も多い。
スマホ批判あるある2
じゃあ、テレビはどうなんだ?
テレビもダメというのならば、絵本ならどうだろう?
絵本は絵や活字を読むから幼児教育に良い、という声が聞こえてきそうだが、ならばそういったアプリなら問題ないのか。
子供から離れて家事をしている時に、子供を集中させるものが絵本ならOK、スマホなら弊害、というのはどういった理屈なのかさっぱりわからない。
新しい技術が出てきた時にすることは、それを非難することだけではない
インターネットが爆発的に普及しはじめたときをリアルに味わっているし、そんなに昔でもないのではっきりと記憶があるが、その時も同様の批判が相次いだ。
しかし、そんな批判をなぎ倒すように普及していったことは誰も否定出来ないだろう。
新しい技術が出た時に、それの弊害が全くない、なんてことはないだろう。
インターネットだってスマホだって、確かにそれによる弊害はたくさんあることも認める。
電磁波による影響などは、その一つだろう。
しかし、全体としてそれが便利で人の役にたちそうなものならば、どっちにしろ普及する。
だとすれば、それ自体を批判するのではなく、利活用の仕方の議論をするほうが先決だ。
まさか、今後数年以内にインターネットやスマホがなくなると思っている人はいないだろう。
いたとしたら、かなりイタイ。