なんとも痛ましい事故だ。
現時点での最新のニュースでは、持病はなく、事故直前に意識を失って歩道に突っ込んだということだ。
ネット上では、意識を失うような体調というのは、運転する前にわからなかったのか、といった意見も見られるが、正直わからないだろう。
意識を失ったことある人なんてほとんどいないので、少々体調が悪くても運転くらいはするものだ。
まさか、意識を失うなんて想像もつかなかったと思う。
この事故は、はっきりとした「悪者」がいない。
11人もの死傷者を出したにも関わらず、その辛さをぶつける相手がいない。
当然、向けられるのは運転手だろうが、上述したように、正直不可避だ。
加えて、運転手家族、関係者には、全く責任はない。
どうか、理不尽な誹謗中傷はやめていただきたい。
死亡事故の多さを改めて認識し、対策を
ニュースの捉え方に関しては、ベッキー騒動の時も、清原容疑者の時も書いたが、今回も自分なりにこのニュースを捉えてみる。
このニュースが、痛ましい悲しい事故だった、だけでは、亡くなった方を含め、誰の何のためにもならないし、もちろん社会のためにもならない。
では、何を学ぶべきか。
このブロクでは何度も書いてきたが、日本の年間交通事故死者数は約4000人だ。
減ってはいるものの、そもそもの数が多い。
比較論で少ないといっても、一日平均10人死亡と考えると、社会問題でないわけがない。
解決方法の一つは、やはりテクノロジー
これを解決する一つの大きな手段は、やはりテクノロジーだろうと思う。
そもそも人が車を運転する限り、今回のような突発的な病気発症による事故は防ぎようがない。加えて、居眠り運転やヒューマンエラーもなくらない。
人だから当たり前だ。
だとすると、やはりGoogleやAppleが開発中の自動運転車は候補の一つにあがる。
そもそも、田舎に住む高齢者など、最も車を必要としている人が、いざ車を運転すると、年とともに判断能力が低下し、危険度が増す、というじれったさがある。
こういった方々にも、自動運転車は一つの打開策を提示できる。
ほかにもGPS、VICSを利用した経路選択で渋滞緩和や、環境負荷の低減も期待できる。
ただし、問題がないわけではない。
やはり、事故を0にするのは現実的に無理なので、自動運転になっても事故は起こるが、この時の責任の所在だ。
その時乗っていた人なのか、車を開発したメーカーなのか。
ここは、これから議論をつめていかなければならない。
それでも社会は前進すべき
しかし、この解決まで待っている余裕もない。
厳しい言い方だが、このままでも自動運転導入後も、死亡事故は起きる。
どちらの方が減らせるか、という基準で選択するべきだ。
少しでも問題があったら、導入を見送る、といった考えでは、いつまでたっても世の中はよくならない。
(問題0にはならないから)