音楽の世界にいると、ライブやレコーディングなど、普段の生活にはないことをしなければならないので、慣れるまでは、この緊張が嫌で仕方なくなる。
簡単に言えば、緊張さえしていなければ、いとも簡単にできることが、緊張するとできなくなるので、自分に対して歯がゆいし、情けなくなるし、時には怒りを覚えるのだ。
しかし、緊張は決して悪いものではない。
緊張=悪というわけではないのだ。
緊張しているのに、普段通りに見えるのは?
実は、一流のプロミュージシャンや芸能人も、心拍数上では緊張している。
しかし、見ている人は、それを感じないだろう。
それは、それを感じさせないように鍛錬しているからだ。
間違ってほしくないのは、緊張しないように鍛錬しているのではなく、緊張してもさとられないように鍛錬しているのだ。
むしろ緊張はしたほうが良い、という見方
緊張感という言葉にはどういった印象を受けるだろうか。
言葉では表現しにくいが、少なくとも悪いイメージでは無いはずだ。
優れたものの多くは(全てではない)、この緊張感の中から生まれたものだ。
緊張感がある状態では、各々の集中力も格段に上がる。
上記にあるように、人前に出ることを職業としている人たちの中で、一流と呼ばれている人は、緊張しているからこそ、普段ではできないことをやってのけたりするのだ。
つまり、緊張を自分のプラスの方に使っている。
緊張しない人が緊張するのは難しい
あがり症という言葉があるのと同じように、あがらない症というのもあるのだと思う。
もちろん造語だが、上記のような、緊張から生まれる良さを出したいと思っても、そもそもから緊張しない人にはどうしようもない。
それは、緊張している人がそれを抑えるのと同じくらいか、それ以上に難しいだろう。
緊張を求めて
しかし、もしその方法があるとすれば、緊張する場所や状況を模索することではないだろうか。
極端だが、例えばミュージシャンの場合、地元のライブハウスで緊張しないからといって、コンサートホールでもしないとは限らない。
見ている人数だけでなく、シチュエーションが違っただけでも、緊張するかしないかは大きく変わる。
音楽の世界で言えば、ライブとレコーディングだ。
ライブをひたすら続けているミュージシャンでも、レコーディングではガチガチに緊張する、というのを、何度となく見てきた。
逆に、宅録派のミュージシャンがライブに出た時は、パフォーマンスのかけらも出来ずに終わることも多々ある。
緊張することがむしろ良いことだと思えば、できるだけ自分と緊張するシチュエーションに追い込むのは、将来何かしらの役に立つだろう。