先日、小さなBarで演奏してきました。これは仕事というよりボランティアみたいなもので、いわゆるハコバン的なやつですね。 お客さんは美味しい食べ物と飲み物とともに生演奏を楽しみます。
その日は雨だからなのか、特にお客さんが少ない日でした。 カウンターに1人の男性が座っていました。歳は50代といったところです。服装はカジュアルで、仕事帰りではなさそうです。連れはいません。 演奏開始時間になったので、スタンバイ、BGMが落ちて客電が消え、演奏スタートです。 あるカバー曲のイントロを私が弾き始めたら、その男性がすっと立ち上がり、出ていきました。 荷物は置いたままだし、飲み物も食べ物もまだ残っているし、第一会計を済ませていないので、一時退出といった感じです。
まあ音楽にはいろんな趣味があるから、その曲があまり好きでないとか、演奏技術に問題があったとかで退出した、という理由も充分に考えられますし、それはそれでお客さんの自由です。 もちろん演者としては、そういうのをみて、選曲やパフォーマンスをもっと考えないと、と思ったりするわけです。
そのお客さんは、1曲めが終わった頃に戻ってきて、その後は何事もなかったように飲食や音楽を楽しんでいました。
演奏後、片付けを始めようとすると、私のところにその男性がやってきました。
「先程は演奏中に出ていってごめんなさい」
そう言って男性は頭を下げました。
「いえいえ、構いませんよ。お気に召さない方もたくさんいらっしゃるので、日々精進ですね」 「いや、そういうことではないんです」
そういうと、男性は出ていった理由を話してくれました。
私達が1曲めに演奏したカバー曲は、90年代に大ヒットした女性ボーカルのバンドの曲です。 その男性は夫婦でそのバンドやその曲が大好きなんだそうです。
その奥さんは、昨年亡くなられたそうです。
その曲を聞くと、全身に鳥肌がたって、いてもたってもいられなくなり、気づいたら店の外に出ていたそうです。
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音楽の力ってすごいと思います。 例えば私の場合、ピアノを練習するのが嫌で嫌でしょうがなかった頃弾いていた練習曲は、今聞いても心がざわつきます。 音楽と記憶がべったりとくっついているようなイメージで、自分ではコントロールが聞きません。その曲が流れた瞬間に記憶が強制的に呼び戻されます。 別に悪いことばかりではなく、楽しかった思い出とともにある曲もありますが、全体としてはネガティブなもののほうが多い気がします。 なんででしょうね。