https://natalie.mu/music/news/265902
同じ音楽業界に身を置く者(と言ったら本当におこがましいですが)として、言いたいことが山ほど、本当に山ほどあります。
始めて買ったCD
まず、小室哲哉さんに心より感謝の意を述べたい。 私は幼少期からピアノを習っていましたが、聞く音楽はもっぱらPOPSでした。 CDという媒体が段々と広まっていく中で、私が人生で始めて買ったCDがこれです。 [amazonjs asin="B00AAKVVAS" locale="JP" title="CAROL A DAY IN A GIRL'S LIFE"] TMネットワークです。音楽のことなんて何もわかってなかった当時の自分が、知ったかぶりして「新しい音楽だ!」と周りに言いまくっていました。 今考えれば、なかなかの先見性だと思っています(笑)
TMネットワーク時代にはコンサートにも何度か足を運びました。 大きなホールでのコンサートで、ステージ上のメンバーは肉眼でほとんど見えないほどでしたが、それが逆に「なんかものすごいぞ・・」という印象を強めました。
私は、小室さんの音楽にもろに影響を受けています。 小室さんがいなかったら、私の人生もだいぶ違うものになっています。 小室さん、本当にありがとうございます。
ボウリング場での強烈な記憶
90年代になってからは、記事中でも触れていますが、改めて説明するまでもない勢いでヒット曲を連発します。 オリコンチャートの統計などは、いまでもネット上に情報があるので見ればわかります。 そんな中私がとてもよく覚えているのは、ボウリング場でのことです。
今ではボウリング場にもあまりいかないので、昨今のボウリング場がどうなっているのかは知りませんが、当時はボウリング場内に流れるBGMを有料でリクエストできるジュークボックスがあったのです。 コインを入れて、リストから好みの曲をリクエストすると、ボウリング場内にその曲が流れます。空いているレーンのスコアモニターにはPVも同時に流れます。
曲が流れている間に、次の曲を何曲でもリクエストすることができるのですが、いま予約中の曲リストが、曲間に表示されるんです。 それがある時期は小室さんの曲ばっかりで、鮮明に覚えているのは、7曲の予約が全てTRFのEZ DO DANCEだったことです。
当時の私は、同じ曲ばっかりで面白くない、、、とは思わず、何度も何度も聞きたいと思っていました。
プロデューサーの重要さ
私がプロデューサーの重要さを最初に知ったのは間違いなく小室哲哉さんです。 今でこそ私も音楽業界にいるので、ステージに立つミュージシャンの後ろには、それを支える様々な能力の人がたくさんいるということを知っていますが、当時はミュージシャンと「その他」くらいにしか思っていませんでした。
しかし、小室哲哉さんは、もちろんTMネットワーク解散後にステージに立ったこともたくさんあるものの、メイン業務はプロデューサーです。 そして、当時小室さんが作った曲がヒットしたら、アーティストには失礼ですが、アーティストがすごいというよりも小室さんプロデュースだから、という要因の方が強かった印象があります。 今でこそプロデューサーの重要さは世間に知れ渡っていますが、その始まりは小室さんだったのではないでしょうか。
-----明日に続く-----