自分が生まれてからリアルタイムで起きた大きな事件、事故。
これを4つあげるとすれば
となる。
どの事件・事故も、あらゆる意味で凄まじいもので、その後に及ぼした影響は大きい。
まさに、歴史的な事件、事故だ。
さて、これらに年を付記して並べ替えてみる。
1995年 阪神大震災
1995年 地下鉄サリン事件
2011年 東日本大震災
この年を正確に暗記している人はどのくらいいるのだろうか。
かくいう自分も、ネットで調べて書いた。
数十年後・・・
学校の社会のテストで次のような問題が出される。
問)次の事件が起こった年を答えなさい。
そして、上記した年を回答し、この問題に関しては満点となる。
どうだろうか。リアルタイムでこれらの事件、事故を見た自分は、上記問題の年を当てられただけで、まるでこれらの事件、事故の理解ができていると思われたら、たまったものではない。
例えばアメリカ同時多発テロや地下鉄サリン事件は、なぜそんな事件が起きてしまったのか、そのあとの社会にどういった影響があったかということに比べれば、何年に起こったという具体的な年なんてちっぽけだ。
歴史はつながっているので、順番は正しく理解する必要があるが、かといって年を暗記することが重要かといえば、そこまでではない。
地下鉄サリン事件は1995年だが、これを少し間違って1994年と思ったり、1996年と覚えたりしたって、大したことではない。
2つの震災もそうだ。
予測が全くできない地震が日本では特に起きやすいことは十分に知られているにもかかわらず、大きな被害をもたらしたこれら震災は、年を暗記する意義などほとんど無い。
現代の技術でさえも、次いつくるか全く予想できないのに、いつ起こったかだけの年を覚えることにどれだけの意義があるのか。
そんなものは、Googleで調べれば10秒以内でわかる。
それよりも、いつくるかわからない、甚大なる被害をもたらす震災に対して、人類はどういった準備ができるのか、そして起こったらどんな被害があるのか、そしてそのときにはどう行動すべきか、を学ぶ為に歴史は学ぶ。
歴史は決して暗記クイズではない。
確かに歴史の授業は面白くなかった
自分が小中学校で習ってきた歴史は、とにかく暗記ばかりだった。
なぜそれを学ぶ必要があるのか、さっぱりわからなかった。
今考えてみれば、それは当たり前で、本当に意義がなかったからだ。
それでも、未来を考えるための教科書は過去にしか無い。
未来を考えるために、これまで人類がどんな歴史を歩んできたか。
戦争が怖いのならば(自分は非常に怖い)、なぜ世界は何度も戦争に突き進んだのかを検証しなければ、絶対に避けられない。
◆
本当に今起こっていることを未来でどう伝えられるべきかは、経験者が最も知っている。
その立場を変えれば、過去のことを学ぶ「学び方」も自ずと導かれるはずだ。
つまり、「どう伝えたいか」は「どう学ぶべきか」と同じ、ということだ。