薄っぺらい美談は好きではない。
しかし、美談は素晴らしい。
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2年前のその日、ミュージシャンである友人は夫から衝撃の告白をされた。
癌、余命は長くて半年。
結婚したのが4年前。
音楽的に言えば、あまりにもダイナミクスがありすぎて、コンプレッサーが必要とされる。
冗談を言っている場合ではない。
医者の目は凄い。
半年近く経ったある日、夫は息を引き取った。
彼女の年齢からすると、悲しさ、無念さよりも、意味がわからない、というのが実は最も的確な表現なのかもしれない。
それからの彼女の行動は早かった。
葬式の数日後に(本当に数日だ)、SNS上で
「メキシコに行く」
と宣言。
理由は書いていなかった。
それから半年後、諸手続きを済ませ、本当に彼女はメキシコに移住した。
便利なもので、最近はメキシコでの生活をSNS上で追うことができる。
そこに投稿される彼女の写真、動画には、奥深い笑顔が溢れている。
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自分の最も身近な人が亡くなる、というのはどういう気持なのか想像もつかないし、役所的な手続きだけでも疲弊するだろう。
そんな中、海外に行くことを宣言し、本当に渡航した彼女の原動力はなんだったのだろうか。
思い切って彼女にメールで質問してみた。
心が空白になったの。
人が宇宙服なしで宇宙に出ると、気圧がないために生きていけないとの同じで、心も空白だと成立しないみたい。
だからそれを必死で埋めたかった、今でも。
簡単に言えば、忙しさで後ろ向きな何かを断ち切りたかったってことかな。
言うは易し、行うは難しで、よく聞く話ではあるものの、そこには相当のエネルギーが必要だったに違いない。
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独りで考え事をしすぎると、大抵の場合悪いことばかりを想像してしまう、というのは経験からも納得いく。
日々の生活の中で特にストレスを抱えていない自分ですらそうなので、身近な人の死という状況では、独りのときはもちろん、そうでないときですら悶々と考えてしまうだろう。
前向きに考えよう、というのは正しいのかもしれないが、実際はそんなに簡単にはいかない。
それに比べたら、忙しさを利用して考え事を排除するという方がまだ現実的かもしれない。
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好奇心を持って人生を歩めば、必ずといってよいほど壁にぶつかる。
それを怖れて引きこもりがちな人生を送る人もいるし、壁ありきで何にでも立ち向かう人もいる。
どちらが幸せなのかは、自分で決めるしかない。
しかし、幸せな笑顔をみせてくれる人からもらう勇気は、自分を幸せの方向に導いてくれるきっかけになる気がする。
根拠はないが、そんな気がする。