日々じゃーなる

日々の生活でおもったことをなんとなく、でも結構まじめに綴るブログです。 趣味は読書とビリヤード。仕事は音楽関係。

土足と扉の開閉方向に見る、日本の「家」

トルコ人が「日本人は、誰も家に招待してくれない。友人が1人もいない」と嘆く~日本の「訪問消極文化」はかなり特殊? - Togetter

 

若い頃、海外に1年半くらい住んでいました。

海外に住んですぐに感じる違いって、生活に根ざした部分です。

有名な話ですが、屋内土足です。

 

もちろん渡航前から知識として持っていましが、知っているのと体感するのでは結構違いました。

 

土足ということは、家の入口に段差を作る必要がありません。

かっこよくいえばバリアフリーです。

バリアフリーの家は日本にも増えましたが、沓脱のスペースはどうしても必要なので、そのための仕切りがあるのが一般的です。

海外の家には、この仕切すらないところが普通にあります。

 

それから、土足とセットで感じた違いが扉の開閉方向。

日本の場合、そのほとんどが外に向かって開きます。

中に開くと玄関が狭くなるし、火災のときなんかにも逃げにくいからでしょうね。

一方、私がいた国ではたいてい中に向かって開く扉でした。

 

土足でかつ中開きの扉。

これがセットになるとどうなるか。

 

例えば買い物から家に帰ってきたときに、前もって自宅にいる家族に鍵を開けておくように伝えておけば、両手に買い物袋を持ったままでも、体で扉をあけ(握るドアノブだと無理ですが・・)、そのままキッチンまでたどり着けるんです。

 

日本の場合どうでしょう。

鍵は開けてもらってたとしても、まず両手の荷物を近くに置いて、扉を引いて開け、荷物を持って中に入って、さらに靴を脱いで、キッチンに行く。

キッチンまでの距離が遠い。

 

これは一例であって、何を言いたいかというと、家の外と中の距離が違って感じるということなんです。

 

日本では、「家にあがる」という言い回しを使います。

これは、段差があるのが当たり前の日本家屋に由来しているのだと思いますが、英語圏の人にこれを説明しても、よく理解してもらえませんでした。

 

余談ですが、日本に行ったことがない日本大好き現地人が、自分の家を日本仕様、つまり土足禁止にしていましたが、段差もしきりもないのに途中から靴を脱ぐというのが、なんとも言えない違和感でしたね。

 

余談ついでにもう一つ。

日本は土足禁止ですが、家の中に靴のまま入るって、汚れるからという理由を除いても結構な精神的抵抗がないですか?

なんか踏み絵みたいな・・・

 

 

日本では、ある程度の大人になると、家に行き来する友人というのはかなり限られるのではないでしょうか。

何十年も同じ職場で働いている同僚や上司、部下でも、家にあがったことはないということはザラです。

 

それは土足や扉の開閉方向と少しは関係しているのでは、と思ったりします。

家の中と外の距離が遠い。

言い換えれば、その壁が厚い。

 

日本の結婚式が〇〇家と△△家の結婚と表されるのも、「家」という枠組みを大切にしているからで、それが表面化したところに土足禁止や扉の開閉方向もあるのかもしれない・・・なんてことはないか・・・

 

それが良いこととか悪いこととかじゃなくて、文化の違いですね。

ただ、私は海外のスタイルのほうが自分には合っている、と感じました。

シンプルに、ラクです。

 

一点だけ。

屋内土足だと、家の中が汚くなる、という人がいますが、そんなことありませんよ。

土足禁止の日本でも汚い家はたくさんあるし、屋内土足でもちゃんと掃除機かける家がほとんどです(だから海外製の掃除機は吸引力が強い、とも言われてますね、○イソンとか)