紅白歌合戦が終わって年明けた頃に、必ずと言ってよいほど出てくる、紅白批判の記事。
今回は大先輩を雑に扱った、というダメ出しです。
私の意見を先に言います。
紅白が以前ほど見られなくなったのは、時代の流れでしかたない。
受信料を払ってきた、というのはよくわからない・・
こんなとこです。
まず、紅白が以前より見られなくなったのは、時代的に仕方のないことです。
一家でテレビが一台しかない、暖房器具も限られた数しかない。
それでいて、テレビ以外の娯楽が年末にはない。
こんな時代から紅白歌合戦は続いています。
現代では、テレビが各部屋にある時代をさらに超えて、テレビ以外の娯楽もいっぱいあるし、手元にはスマホがあるし、エアコンはほとんどの部屋についています。
視聴率が落ちるのは当然です。
視聴率低迷にコンテンツはほとんど関係ないんじゃないでしょうか。
また、受信料について記事冒頭に
長年言われるがまま受信料を支払い続け、NHKを支えてきたお年寄りへの思いやりがみじんも感じられず、悲しくなった。
とありますが、全く意味がわかりません。
若者は受信料を今現在払ったうえで、若者にとってあまりおもしろくない番組であっても、受け入れろ、ということになりませんか?
というか、成人して受信料を払っているのに、高齢者が好む演歌がほとんどだった時代の紅白に対して「若者に対するおもいやりがない」という批判はあったんでしょうか?
年齢は絶対に追い越せないのだから、受信料支払い総額で考えたら、どうしても高齢者寄りになります。
上にも書いたように、昔と違って紅白を見る以外の選択肢が沢山ある現代では、受信料をはらってきたという理由で高齢者よりの番組にすることによって若者離れは確実にすすみますが、それをよしとする、ということですかね?
もしそうなったとしたら、おそらく年明けの記事は
「年寄り向けに偏りすぎて、若者離れがすすむ紅白」
という批判になりそうです。
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番組を見る、見ない
見るとして、一部だけ見る、全部みる。
また、リアルタイムで全部見る、好きなところだけ見る、録画で全部見る、好きなところだけ見る。
こういう様々な選択ができる現代においては、どういった番組を作っても批判しようと思えばできるので、あんまり意味はないんじゃないでしょうか。
結局、受信料強制徴収を撤廃して、見たい人だけが受信料を払って見る、という仕組みにすれば、番組の方向性も自ずと決まってくるし、あらぬ方向からくる批判も無視できるようになるので、良いのでは、と思います。